うなぎのさばき方の背開きについて

うなぎのさばき方には主に背開きと腹開きがあり、この2つのうなぎのさばき方があるのは関東と関西で文化の違いがあるからです。背開きは主に東京を中心とした関東地区のさばき方になります。

なぜ背開きなのかというと、東京周辺は昔は江戸と呼ばれ京都から首都を委譲した日本の中心地です。日本の政治の中心地であるため、その政治を任されている人たちを守るためには刀の所持を許された武士が治安維持に必要になります。その武士中心の文化を武家社会といいますが、その武家社会がうなぎのさばき方に影響を与えます。

武士が中心の武家社会にとって腹を切るというのは、主に刀での切りあいに負けたことを意味し、また武士は守護する人の意思に反するようなことをしたときに罰として腹を切ってわびる風習があったのです。そのためうなぎをさばくときに腹を切るというのは、この武士にとってとてつもない恥の行為である腹を切ることに連想するため腹ではなく堅い骨がある背中から切ってさばく背開きが主流となっていたのです。ただし恥の文化として関東中心でさばかれる背開きですが、うなぎの旨みはおなか周辺が強いので背開きにすることによっておなか部分に集約した旨みを逃さずに食べられるのです。

うなぎのさばき方の腹開きについて

関東中心では武家社会の影響もありうなぎのさばき方は背中からさばく背開きですが、中部地方の三重県から西の関西地域になるとうなぎのさばき方は腹開きに変わります。関西地域でうなぎのさばき方が腹開きになるのは、政治の中心地は現在の東京に移されましたが日本の貿易の中心地は立地条件から大阪にあったからです。

大阪は別名商人の町といわれているように、日本の古今東西の物資の流通だけでなく堺を中心に港から海外からの貿易船からの物資も承っていた土地です。国内外から様々な物資の流通地である大阪において、生活の糧である商売を上手くこなすためには他人の懐に飛び込んでお金を出させる話術が必要になります。

その話術に長けた人間のことを腹を割って話せる人として表現するのですが、その腹を割るという言葉がうなぎのさばき方に影響を与えます。うなぎを腹からさばくことは武家社会にとってはご法度であり縁起が悪いものとして使われていますが、大阪を中心とした商人の町からすれば腹を割るというのは気さくに話しかけることの出来る話術に長けた人間を意味するので商売を成功させる上で縁起物として扱われています。そのためうなぎを食べる際に縁起を担ぐ意味もこめて大阪を含めた関西中心の文化では腹開きが定着したのです。